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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)17316号 判決

原告

株式会社日本金融通信社

右代表者代表取締役

木下純男

右訴訟代理人弁護士

郡司宏

三村藤明

被告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

新相英夫

高木定藏

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地及び建物を明け渡し、同目録記載の土地及び建物について昭和六二年一一月二七日代物弁済を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求(一及び二の請求は選択的である。)

一被告は、原告に対し、金一億八七一六万二四五三円及びこれに対する昭和六三年一二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二主文第一項と同旨

第二事案の概要

一本件は、被告が原告に無断で原告の名義及び計算でした株式の売買(別紙日興証券売買分一覧表ほか五社の売買一覧表記載の各売買)によって原告に損害(別紙売買損金目録記載の合計金一億八七一六万二四五三円)を被らせたことを理由に不法行為に基づく損害賠償、または、被告が原告に対し右の損害賠償債務の支払いに代えて別紙物件目録記載の土地及び建物(以下「本件土地建物」という。)を譲渡することを合意したことを理由に本件土地建物所有権に基づいて本件土地建物の明渡しと所有権移転登記手続のいずれかを選択的に求めた事案である。

二争いのない事実

1  原告は、金融界向けの新聞及び雑誌の発行、図書の印刷並びに販売等を業とする株式会社である。

2  被告は、もと原告の管理室長の地位にあって、経営全般にわたり会社の定める諸規定が適確、公平、厳正に遵守、運営されているか否かを監視する役職並びに経理の全般及び会社資金の取扱いをする職務にあった者で、いわゆる財務担当者として原告の経理及び会社資金の運用を一任されていた。会社資金は当初は銀行の貸付信託、定期預金という形で運用されていたが、昭和五七年一一月からは原告代表者の承認のもと、山一証券株式会社(以下「山一証券」という。)や野村証券株式会社(以下「野村証券」という。)などとの取引を開始し、中期国債ファンドや現先取引(一定期間後に売り戻すことを条件にされる債券の売買)なども含めた方法で運用されていた。

3  被告は昭和六一年四月ころ、原告の取引先の株式会社三菱銀行(以下「三菱銀行」という。)市ケ谷支店から金員を借り入れてほしいとの勧誘を受け、二回に分けて合計金四億円を原告のために借り受け、これを短期国債、現先、CDなどの確定利息のものに運用した。その後、被告は、同年一二月ころから、これを大和証券株式会社(以下「大和証券」という。)、日興証券株式会社(以下「日興証券」という。)などに預け、その担当者との間で、一定(年利五パーセント以上)の利回りを保証のもと、原告のために株式売買をすること、その際株式の銘柄、数量、買入れ及び売却の時期などは証券会社に一任することなどを合意し、その運用を任せた。被告は同六二年三月三一日、決算のため一旦、右証券会社との取引を清算し、三菱銀行市ケ谷支店に借入金を返済したが、同年四月一〇日、同支店から再び金四億円を借り入れ、これを右証券会社などに預け、担当者との間で、右同様の合意をし、その運用を任せた。

4  原告の同年六月一一日の取締役会において、被告は経理担当者として決算の説明をしたが、その際、三菱銀行市ケ谷支店からの借入金で株式の売買をした結果、同年三月末で金六二八六万五三九〇円の利益が上がったと報告し、その後行われた原告の定時株主総会において決算報告書は承認された。

5  東京証券取引所の株価が昭和六二年一〇月一九日大暴落した。原告代表者は、その後、被告の報告を受け、右の大暴落によって原告が相当の損失を被っていることを知った。原告の命を受けたその取締役井原英雄は、同年一一月二五日被告を同道して前記証券会社を訪れ、被告が一任していた株式の売買の取引状況を調査確認したが、右の暴落の結果、原告名義及び原告の計算で取得、保有されていた株式に相当の評価損が出ていたのみならず、株式売買による資金の出入りが仮払金勘定で行われていたため、相当の有価証券売却損が出ていることが判明した。

被告は同月二七日、資金担当責任者として原告に与えた損失を補うべく被告が所有する本件土地建物を原告に提供する旨記載した念書(以下「本件念書」という。)を作成して原告代表者に提出した。被告は本件建物に居住して本件土地を占有している。

三本件の争点

1 被告が行っていた前記二の3の一連の株式の売買、殊に昭和六二年四月以降の株式の売買(以下「本件売買」という。)は原告に無断でされたものであり、この売買によって原告が被った損失につき被告は不法行為に基づく損害賠償責任を負うか。

(一) 原告の主張

(1) 原告は無借金経営を旨とし、余剰資金は定期預金、貸付信託、国債、中期国債ファンド、割引債など元本を確保し、利息を確実に獲得できる確定利回りの商品か、元本は保証されないものの、確実に収益を上げることができる商品である投資信託に投下してこれを運用してきた。

原告は本件売買以前、リスクの伴う株式売買による資産運用をしたことはなかった。原告が保有する株式のうち、一万株以上のものは増資の際に安定株主として引受けを求められた東京相互銀行、福徳相互銀行及び兵庫相互銀行(社名は引受け当時)の各株式で、あとは金融機関の株主総会に出席するために株式を保有する程度である。原告が昭和六二年一月一九日に取得した日本電信電話株式会社(以下「NTT」という。)の一〇〇株の株式は例外的なものに過ぎない。原告は同五七年一一月以降被告に一任して証券会社との間で取引を開始しているが、右は運用先を確定利回りのものに限ってされ、証券会社との間で株式取引をしたことはなかった。

(2) 原告は、昭和六一年四月金二億円を三菱銀行市ケ谷支店から借り入れることを認めたが、被告がさらに金二億円を同支店から借り入れたこと、借入後、被告が右支店からの借入金で大和証券や日興証券を通じて株式売買をしていることは、当時全く知らなかった。被告は、昭和六二年六月一一日の原告の取締役会において同年四月以降も右支店から金四億円を借り入れて株式売買をしていることを秘して、同年三月までの株式売買によって約金六三〇〇万円の利益が上がったと報告した。しかし、原告代表者は株式売買による資金運用は右(1)の会社の経理方針から逸脱していると考えて直ちに財テク禁止の動議を提出し、右取締役会は財テクを禁止するとともに、以後は、必要がある場合には前日に案件を示して翌朝の役員会で決定する旨決議し、被告にその旨を申し渡した。

(3) 原告代表者は昭和六二年一一月七日、原告相談役木下一男から被告が会社資金で株式売買をしているのではないかとの指摘を受け、同年一一月一〇日被告にその旨を問いただしたが、要領を得なかった。その後、原告代表者が出張から戻った後の同月一九日、被告は会社資金による株式の売買の事実を話したので、直ちに被告に資金運用現況報告書を提出させた。それによると、株式売買損は金九六五〇万円、保有株式の評価損は金一億四一〇〇万円で合計金二億三七五〇万円の損失を生じていることが判明した。同月二四日原告の緊急取締役会が開催され、資産管理委員会を設置して直ちに善後策を講ずることとされ、同月二五日大和証券、山一証券及び日興証券に原告の名義及び計算による株式売買の中止を申し入れた。

(4) 被告は同月二六日原告代表者と面談した際、本件売買の責任が被告にあることを認め、これによって原告に被らせた損害の一部に補填する趣旨で本件土地建物を原告に譲渡することを申し出たうえ、同月二七日その旨の本件念書を作成して原告代表者に提出した。

したがって、被告が原告に無断で本件売買を行い、原告に損害を被らせたことは明らかである。

そこで、後記4の(一)のとおり損害賠償を求める。

(二) 被告の主張

(1) 原告の保有する株式は銀行、証券会社などの金融機関にとどまらず、全日空、NTTなどの株式も保有している。殊にNTTの株式は値上がりを期待し、その売却益を得ることを目的として取得したものであり、およそ原告が財テクとしての株式売買をしたことがないということはない。

(2) 被告が原告代表者の承認のもと昭和五七年一一月以降証券会社との取引を開始したのは、同五六年の部長会議の際、余剰資金の運用が下手だと指摘され、原告代表者もこれに同調したことがその発端である。被告は、当初は銀行の定期預金より流動性があって高利回りである中期国債ファンドや現先取引で資金を運用していたが、その後、三菱銀行市ケ谷支店から融資の勧誘があった際、原告代表者も賛成したので、金四億円を同支店から借り入れたが、その際、原告代表者は被告に右金四億円の運用方法、証券会社の選定等を一任した。また、原告代表者は、社員各自に行動日程を提出させて一日の行動を報告させており、これらの事実が記載された被告の行動日誌を見ていたのであるから、銀行からの借入れや証券会社への株式の売買の委託を知らないはずがない。

(3) 昭和六二年六月一一日の取締役会の際、財テクの禁止が決議されたことはなく、被告は原告代表者から財テクの禁止を申し渡されたこともない。仮に会社資金の運用を以後は取締役会の決定事項とするとの決議がそれにあたるとしても、今後行われる会社資金の運用について適用され、それまでに行われていた会社資金の運用が含まれるわけではない。

(4) また、右取締役会で被告が金四億円を運用して得た有価証券売却益は会社の利益として承認されており、右は被告が原告の承認のもとで金四億円を運用したことを何よりも裏付けるものである。

(5) 被告が同年一一月一〇日原告代表者に株価の暴落によって会社資金の運用としての株式の売買で約金一億円の損失が出た旨告げたところ、原告代表者は、驚き、自分と被告が自宅を売ってでも半分ずつ負担しなければならない旨述べているが、これは原告代表者が銀行からの借入資金を証券会社に一任して運用していたことを知っていたからにほかならない。

2  原、被告間において、右1の被告の不法行為に基づく損害賠償債務の弁済に代えて被告が所有する本件土地建物を譲渡する旨の合意(以下「本件合意」という。)が成立したか。

(一) 原告の主張

被告は昭和六二年一一月二六日原告代表者と面談した際、本件売買の責任が被告にあることを認めたうえ、これによって原告に被らせた損害の一部に補填する趣旨で本件土地建物を原告に譲渡することを申し出た。原告代表者は本件土地建物を提供すれば、それ以上、被告が原告に与えた損害の賠償は求めないと答えた。そして被告は同月二七日その旨の本件念書を作成して原告代表者に提出し、本件合意をした。

(二) 被告の主張

原告代表者は、念書作成に先立ち、同月二六日、被告に対し、社員に説明がつかないので、方便として自宅提供の念書を書いてほしい、一一月二八日に臨時支局長会議を開き、本件売買について報告するが、その場で土下座をしてでも謝ってもらえれば済むことだなどと申し入れた。そこで、被告は同年一一月二七日原告代表者の言葉を信じて本件念書を作成し、これを原告代表者に渡したものである。

3  本件合意の無効、取消し

(一) 被告の主張

前記2の(二)のとおり、被告が本件念書を作成した際、被告に真実本件土地建物を提供する意思がなかったことを原告代表者は知っていたのであるから、本件合意は心裡留保により無効である。

仮にそうでないとしても、原告代表者は、前述のとおり申し入れて被告を欺き、その旨誤信させ、本件合意をさせた。そこで、被告は、平成三年六月一八日の第二〇回口頭弁論期日において、詐欺を理由として本件合意を取り消す旨の意思表示をした。

(二) 原告の主張

前述のとおり、被告には真実本件土地建物を提供する意思があったし、原告代表者は被告に対し詐言を用いたことはない。

4  原告が被った損害はすべて被告が負うべきものか(損害賠償の支払請求に対して)。

(一) 原告の主張

原告は本件売買の発覚後、原告の名義及び計算でされていた株式の売買を中止させ、発覚当日に原告が保有していた株式を適宜の時期に処分したが、損益を計算すると、別紙日興証券分売買一覧表ほか五社の売買一覧表記載のとおりであり、その結果、合計金一億八七一六万二四五三円の損失を被ったことになる。

(二) 被告の主張

日経平均株価は昭和六二年一〇月一九日の暴落によって大きく落ち込み、同月末には金二万二〇〇〇円台であったが、その後株価は急速に回復し、同六三年三月末の日経平均株価は金二万六〇〇〇円台、平成元年一月当時のそれは金三万二〇〇〇円台である。したがって、原告が売却の時期を遅らせば、主張するほどの損害にはならなかったはずであり、原告は株式の処分の時期を誤ったというべきである。そして、原告の主張によれば、原告が株式を処分する場合には役員会の承認を得ることになっているのであるから、処分の時期を誤ったことによる損失は役員が負担すべきものである。

第三争点に対する判断

一争点1、2について

1 前記第二の二の争いのない事実、〈書証番号略〉、原告代表者及び被告本人の各尋問の結果(いずれも後記信用できない部分は除く。)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、銀行、証券会社、信用金庫などの金融機関やそこに勤務する従業員向けに「ニッキン」という週刊の新聞、「月刊金融ジャーナル」という雑誌などを発行、販売などしている従業員約一八〇人の会社である。

被告は、昭和三〇年一一月七日に原告に入社し、以後、経理、庶務等の部署を担当し、同四五年には総務部長に就任して会社の運営に必要な資金を管理するようになり、同五〇年には総務部長を兼職したまま取締役に就任した。原告の会社の運営に必要な資金以外の資金(以下「余資」という。)の管理、運用も総務部長が行っていた。原告は、余資を専ら定期預金、国債、貸付信託など運用の際の利回りが確定していて元本が確実に保証されているか、利回りは確定していないものの、元本を失うおそれがほとんどない金融商品(以下「確定利回り商品」という。)で運用することにしており、株式など市場の相場の変動如何によっては元本すら失ってしまうおそれのあるものは原則として余資運用の対象としていなかった。もっとも、原告も株式を保有しているが、それは主として昭和五六年の商法改正に伴って株主総会に原告の従業員を記者として派遣するためや安定株主として取得を求められた銀行などの金融機関の株式などであり、そのほかには昭和五九年九月に取得した全日本空輸株式会社の株式、同六二年二月に取得したNTTの株式などがある程度あった。

そこで、被告も余資を専ら定期預金、貸付信託など確定利回り商品で運用していたが、同五七年一一月以降は原告代表者の承諾のもと余資を短期間(一年未満)により効率的に運用するために野村証券や山一証券との間で中期国債ファンドや短期国債ファンドを買い付けたり、現先取引を行ったりするようになった。確定利回り商品であれば、その中のどの商品で余資を運用するかの選択は被告に一任されていた。原告は同五八年四月一日総務部を廃止して新たに社長室を設け、被告は社長室長に就任したが、社長室が原告の本社組織のひとつとして経理課を統括していたことから、社長室長に就任した後もそのまま余資の運用を続け、同六〇年六月七日には一旦原告を退職したが、嘱託として社長室長の地位にとどまり、同六一年四月一日には管理室長に就任した。管理室は原告の本社組織のひとつで、原告代表者である社長の下におかれ、経営全般にわたって会社が定める諸規定及び諸規則が常に適確、公平、厳正に厳守、運営されているか否かを監視する部署で余資の運用を担当する部署ではなかったが、被告は原告代表者から頼まれて引き続き余資の運用にあたることになった。

(二) 被告は昭和六一年初めころから三菱銀行市ケ谷支店の原告担当の従業員から金を借りてくれるように勧誘されていた。原告の会社の運営資金として借入れをする必要はなかったものの、被告は、確定利回り商品で運用しても借入れ金利よりも運用の際の金利の方が高いから資金を有利に運用できると考え、他の取締役や原告代表者と相談したところ、銀行から金を借り入れて確定利回り商品で運用することは厳密には余資の運用とはいえないものの、安全確実に利益を上げることができることからいずれも借入れに賛成したので、とりあえず弁済期を同年一二月として同銀行から金二億円を借り入れることにした。右の点については、原告の書面による稟議がされた。そして、被告は昭和六一年六月弁済期を同年一二月として金二億円を三菱銀行市ケ谷支店から借り入れた。しかし、被告は、その後原告(代表者)の明示の承諾を得ずにさらに弁済期を同年一二月として金二億円を同支店から借り入れ、これらを主に短期国債、現先取引、譲渡性預金などで運用していた。

(三) ところで、被告は、同年一二月原告代表者に対し、同六三年二月に売り出される予定で値上りの確実と思われたNTTの株式その他若干の株式を買い入れることを説明し、そのための資金として前記金二億円の借入金(原告代表者の承諾を得て借り入れた分)の返済を同六三年三月まで延期することの同意を得た。しかし、被告は、実際には前記金四億円の借入金のうち金一億円余りの金員をNTTの株式の買入れ資金に用い、その余の約金三億円の金員については証券会社に一定の期間預けて利益を上げることとし、同年一二月、原告のために大和証券の担当者との間で、転換社債や株式などを売買して年五パーセント以上の利益が出ることを保証すること、転換社債や株式などの銘柄、数量、買入れ及び売却の時期などは一任し、昭和六二年三月末まで運用することなどを合意し、その合意に基づいて大和証券に約金三億円を預けた。そして、被告は同六三年二月に原告のためにNTTの株式一〇〇株を取得し、同年三月には原告代表者にNTTの株式の取得によって金一億八〇〇〇万円以上の利益を上げたと報告した。被告は同月原告のために日興証券との間で大和証券と同様の条件で運用することなどを合意し、その合意に基づいて約金一億円を預けた。

(四) 被告は昭和六二年三月三一日三菱銀行市ケ谷支店に借入金を返済するため大和証券及び日興証券との間で一旦は株式等売買の決済をした。しかし、被告は、証券会社を通じて引き続き原告の資金を運用しようと考えていたことから、そのころ、大和証券、日興証券及び山一証券との間で、原告のために前回と同様の条件で昭和六三年三月まで原告の資金を運用すること、株式の売買は現物取引のみならず信用取引も行うことなどを合意し、その合意に基づいて大和証券及び日興証券は同年四月一日以降も引き続き株式の売買を行うとともに、山一証券も右同日以降株式の売買や投資信託による運用を開始した。そして、被告は同月一〇日原告のために三菱銀行市ケ谷支店から金四億円を借り入れ、右の合意に基づいて四億円のうち金二億円を大和証券に、約金一億円を日興証券に、約金一億円を山一証券にそれぞれ預けるとともに、野村証券、三洋証券株式会社、新日本証券株式会社及びコスモ証券株式会社を通じて原告のために別紙有価証券売買状況一覧表記載のとおり原告の計算でいくつかの株式の売買をした。

(五) 原告の三二期(昭和六一年四月一日から同六二年三月三一日まで)の決算の内容は昭和六三年五月には判明したが、第三二期の営業報告書によれば、第三二期の営業外収益中の有価証券売却益は金六二八六万五三九〇円で、これには被告が大和証券及び日興証券に前記金四億円を預けて運用して上げた利益金一三〇七万八七三〇円(昭和六一年一二月から同六二年三月までの株式の売買による売買益金四七四四万五六一七円から売買損金三四三六万六八八七円を差し引いたもの)のほか、第三二期の決算期中に大和証券による資金の運用の一環としてNTTの株式七一株を売り買いしたため同年二月に取得したNTTの株式一〇〇株の評価が税法上の総平均処理法によって一株金一七〇万円と評価された結果計上された評価益金五〇七三万五二〇〇円(このうち金三〇〇〇万円は税金として差し引かれる。〈書証番号略〉参照)などが含まれている。被告は原告代表者に対し、三菱銀行市ケ谷支店からの借入金などを用いてNTTの株式を中心とした株式を売買したことによって金六二八六万五三九〇円もの有価証券売却益が出たと報告するとともに、第三二期の決算を承認するために昭和六二年六月一一日に開催された取締役会においても同様の報告をした。しかし、いずれの際にも、その運用が証券会社に資金を預けて売買する株式の銘柄、売買の時期などについて証券会社に一任するという方法でされ、昭和六二年四月一日以降も続けられていることなどは告げなかった。原告代表者は、被告の報告を聞いて被告が会社の資金を利用して株式の売買をしていたことを知り、会社の資金は確定利回り商品で運用しようとする原告の資金運用に関する理念からみて、大きな損失を生ずるおそれを伴うもので危険が大きいと考えて、右の取締役会の席上、今後は会社の資金を株式の売買または投資信託など元本の保証のない金融商品で運用する場合には被告に一任せず、運用方法、運用先などを含めて原告の役員会の決定事項とすることなどを出席した取締役らに告げて全員の了承を得た(〈書証番号略〉参照)。そして、第三二期の営業報告書は取締役会において承認され、同月一九日に開かれた原告の株主総会においても同じく承認された。しかし、被告はその後も各証券会社を通じて原告の資金の運用を続け、同年五月二八日には夏期賞与時の資金として三菱銀行市ケ谷支店から原告のために金二億円を借り入れたが、その後その借入金を返済するための資金を流用して、これを証券会社に預けて前回と同様の条件で運用したり、野村証券などの前記各証券会社を通じて特定の株式を買ったりするなどした。

(六) 東京証券取引所の株価が昭和六二年一〇月一九日大暴落し、その結果原告が大和証券と日興証券に任せていた資金の運用において両社合わせて約金一億円の損失が出たが、被告はその事実を同月二五、六日ころに知った。そのころ原告代表者は海外に出張しており、同年一一月五日ころには帰国したが、被告は右の損失の件を原告代表者に告げなかった。

そして、原告代表者の指示によって同月に売り出されるNTTの株式の第二次放出分の取得の準備をしていた。ところが、原告代表者は、同年一一月七日相談役の木下一男から被告が会社の資金を用いて株式の売買を行っているのではないかとの指摘を受けたことから、同月一〇日被告にその旨を問いただしたところ、被告は三菱銀行市ケ谷支店からの借入金四億円を証券会社に預けて株式の売買を一任するという方法で運用していたが、大暴落の結果かなりの損失が出ていることを話すに至った。驚いた原告代表者は、具体的な資金運用の経過を知るべく、同月一一日以降監査役の勝野勇五郎に被告から事情を聴取させたうえ、被告に資金運用状況報告書を提出させるとともに、被告による資金の運用の実態を明らかにするため同月二四日緊急役員会議を開いて資金管理委員会を発足させ、同月二五日取締役の井原英雄に被告を同道させて前記各証券会社を訪ねさせ、これまでの資金運用の方法、経緯などについて事情を聴取するなどした。各証券会社は、利回りの保証については否定したが、運用期間が昭和六三年三月までであるから、それまでにはある程度損失を取り戻すよう努力する旨返答した。しかし、原告代表者はこれ以上損失が拡大することを避けるため各証券会社との取引を中止することにし、同月二五日その旨各証券会社に申し入れ、これにより被告が一任していた前記各証券会社との資金運用は中止された。なお、被告は、そのころ、原告のためにNTTの株式の第二次放出分を証券会社を通じて取得した。

(七) 原告代表者は、同年一一月二六日ころ、被告が禁止されていた株式の売買によって原告に多大の損害を被らせたとして、その一部を補填すべく被告にその所有する本件土地建物の提供を求めた。被告は、同月二七日その旨を了承し(本件土地建物の価額は後記認定の株式などの売買損を相当下回るものであった。)、資金担当責任者として原告に大きな損害を与えた責任は免れず、与えた損失を補うべく被告が自宅として現に使用している本件土地建物を原告に提供する旨記載した本件念書(〈書証番号略〉)に署名押印し、あわせて陳謝の意を表明し、寛大な処置を望む旨の始末書と題する書面(〈書証番号略〉)にも署名押印してこれらを原告代表者に交付した。そして原告は、同月二八日本社で緊急役員会議を開いて資金管理委員会からの調査結果の報告を受けるなどして今後の善後策について協議した後、臨時支局長会議を開催して被告による株式の売買の経過、今後の方針などについて説明を行ったが、その席上、被告は今回の財テクによる損失は自分の一存によるもので、会社に多大な損失を与えたことについて陳謝した。

同年一二月三日には取締役会・資金管理委員会の合同会議が開かれ、大暴落による損失については、同年一一月三〇日現在の売買損益は売買益が金六六五万三五六九円、売買損が金一億三六五二万九六三〇円で差引き金一億二九八七万六〇六一円の損失となり、手持ち有価証券三三銘柄の右同日現在の評価損は購入価格が合計金九億一一八八万七四四九円、右同日の時価が合計金七億八〇三八万六九三五円で差引き金一億三一五〇万〇五一四円の損失となり、信用建有価証券四銘柄の右同日現在の評価損は購入価格が合計金三億一八八九万二〇〇〇円、右同日の時価が合計金二億八二マ五二マ万円で差引き金四三三五万一五四二円の損失となり、手持ち有価証券を昭和六二年一一月三〇日現在の価格ですべて売却しても合計金三億〇四七二万八一一七円の損失(いずれも配当金、確定配当などは含まない。〈書証番号略〉参照)にのぼることが明らかにされた。そこで同会議では、証券業界では翌年一月からは株価も持ち直し、同六三年二月にひとつの値上がりが期待できると考えられていたことから、二月までこのまま有価証券を保有し、現在の株価を上回った段階で手持ち有価証券を売却してできる限り損失を少なくするとの方針が決定され、別紙有価証券売買状況一覧表記載のとおり同六三年三月までに手持ち有価証券の一部が売却された。しかし、原告はその余は売却せずに現在も保有している。結局、証券会社を通じてされた有価証券の売買の損益は同表記載のとおり合計金一億八六八八万六八五五円(同表記載の数値を合計した金額)の損失となった(売却された有価証券及び手持ちの有価証券のうち一部の有価証券については配当金、確定配当を含めて計算しているものがあるが、その余の有価証券及び手持ち有価証券の評価損益などは含まない。)。

原告代表者は、本件合意の後、被告に本件土地建物の権利証などを提出するよう求めたが、本件土地建物に設定されている抵当権設定登記を抹消する必要があることから、被告は同六三年二月まで権利証の提出の猶予を願い、右抵当権設定登記を抹消した後、同月本件土地建物の権利証(〈書証番号略〉)を原告代表者に渡した。しかし、被告は、登記のために必要な白紙委任状、印鑑証明書については提出しようとせず、そのうちに本件売買について自分に責任がないかのような態度をとるようになった。

以上の事実が認められる。

そして、原告における昭和六一年一二月までの余資の運用状況、昭和六二年六月一一日に開催された取締役会において、それまで余資の運用は被告に一任されていたが、今後は確定利回り商品以外で運用する場合には取締役会の承認が必要とされたこと、その際、同年四月以降四億円の資金を利用してされている株式等の売買については、何らの話しの出た形跡もなく、原告は、この事実を知らなかったこと、東京証券取引所の株価が同年一〇月一九日に大暴落したにもかかわらず、原告代表者は直ちに被告に余資の運用によって損失が出ていないか否か全く問い合わせていないこと、被告も証券会社からかなりの損失が出ている旨の報告を受けた後も直ちに原告代表者にその旨を報告していないこと、被告は余資の運用に関して原告に被らせた損害を補填すべく本件土地建物を原告に譲渡する旨の本件念書に署名押印していることなど前記認定の事実によれば、原告は、少くとも同年四月以降の被告による四億円の資金による株式売買等の運用(本件売買)について、これを承諾していなかったものと認められる。

右認定に反し、被告は、その本人尋問において、本件売買を含む一連の株式等の売買はすべて原告(代表者)の承諾を得てされたものであると供述しており、原告代表者の同意ないし指示のもとNTTの株式を取得している点は一部右の供述に沿うかのようである。

しかし、前記認定のとおり、当時NTTの株式は市場に放出される前から値上がりするといわれており、確定利回り商品と同視することができたことや原告における従前の株式の取得はあくまでも個別的、例外的なものであったことなどからすると、NTTの株式の取得を承諾していたからといって、被告がした四億円の資金を証券会社に預けてその運用を一任したことによる株式等の売買(本件売買)についても承諾していたということはできない。

そのほか、右認定に反する被告の弁解は極めて不自然かつ不合理なところが多く、その供述は直ちに信用することができない。

また、被告は、その本人尋問において、被告が本件念書に署名押印したのは被告の真意に基づくものではなく、社員に説明するための方便に過ぎないなどと原告代表者に騙されて書かされたものと供述するが、前掲各証拠に照らして直ちに信用することができない。

〈書証番号略〉も前記認定を左右するに至らず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

2 以上によれば、被告は原告に無断でその借入金を利用して原告の名義及び計算で株式の売買などを行い、それによって前記認定のとおり売買損を生じさせたのであるから、被告には昭和六二年四月以降の本件売買によって原告が被った損害について不法行為に基づく損害賠償責任がある。

3  前記認定のとおり、被告は原告との間で本件合意をしているが、これは右の損害賠償債務の弁済に代えて本件土地建物を原告に譲渡する旨の合意と解されるから、本件合意は代物弁済の合意であると認められる(前記認定のとおり原告は手持ち有価証券の一部を昭和六二年一二月から同六三年三月にかけて売却しているが、前記認定の事実及びそれらの事実から推認される当時の株価の状況によれば、それによって前記認定の売買損のかなりの部分を補填することはできないことは原、被告も了承していたと認められ、したがって、原、被告は本件合意の際に将来原告が手持ちの有価証券を売却して前記認定の売買損をある程度補填したとしても、本件合意における代物弁済の効力には何らの消長を来さないと考えていたと推認される。そうすると、被告が原告に対し前記認定不法行為に基づく損害賠償債務の弁済に代えて本件土地建物を譲渡することを合意した後、原告が手持ちの有価証券の一部を売却したことは、原、被告間に成立した本件合意の効力に何らの消長を来すものではない。このことは、原告の被った損害額が必ずしも一義的に確定できなくても同様である。なお、前記認定のとおり本件土地建物の価額は前記認定の売買損を相当下回るものである。)。

したがって、原、被告間においては本件合意によって被告は右の損害賠償債務の弁済に代えて本件土地建物を原告に譲渡する旨の代物弁済の合意が成立しているということができる。

二争点3について

被告は本件合意が心裡留保により無効であり、仮にそうでないとしても原告代表者の詐欺を理由に取り消したと主張するが、本件合意が被告の真意に基づくものであり、原告代表者の詐欺によるものではないことは前記認定の事実から明らかであるから、被告の右の主張は採用することができない。

三結論

被告は本件合意の当時本件土地建物を所有していたから、原告は本件合意によって本件土地建物の所有権を取得したと認められ、前記第二の二の5のとおり被告は本件建物に居住して本件土地建物を占有しているから、その余の点につき判断するまでもなく、本訴請求のうち被告に対し本件土地建物の明渡し及び昭和六二年一一月二七日の代物弁済を原因としてその所有権移転登記手続を求める請求は理由がある。

したがって、原告が選択的に求める請求のうち二の請求は理由があるから認容する。

(裁判長裁判官淺野正樹 裁判官升田純 裁判官鈴木正紀)

別紙物件目録及び売買損金目録等〈省略〉

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